顎矯正手術 下顎前突(受け口)整形手術下顎枝矢状分割法(SSRO)
手術の方法
切開と骨膜剥離
切開線は口腔内で、下顎の外斜線上に設定します。粘膜切開ののち頬筋を電気メス等で切離します。次いでラスパトリウムを用いて下顎枝前縁の骨を側頭筋腱付着部まで骨膜下で剥離し、ラムスハーケンを装着します。次に頬側骨膜を破らないように注意しながらエレバトリウムにより下顎下縁および後縁まで剥離を進めます。このとき下顎角部には茎突下顎靭帯が強固に付着しているため、後縁剥離子を下顎角上方に適合し前方に向けて慎重に剥離します。
下顎枝内側骨膜の剥離は、まず側頭筋腱付着部を切離してから上方から下方に向けておこなうと骨膜下剥離が容易で内面が明示しやすい。エレバトリウムで内側骨膜を後縁まで剥離すると内外面の骨膜が骨面から袋状に剥離された状態となるので、内外面にプロゲニー・ハーケンなどの鈎を装着して次の操作に移ります。
内側皮質骨の水平骨切り
下顎枝内面が後縁まで明示され、軟組織の介在がみられないことが確認できたら、まず下顎枝前方の豊隆部分をラウンドバーで平坦化します。このとき前方の削去面と後半部が面一となるようにしておくと視野も確保され、骨切り作業がしやすくなります。
次にリンデマンバーを用いて咬合平面に平行に下顎枝の前縁から後縁まで、内側皮質骨の骨切りを行います。溝の深さはリンデマンバーの直径(1~1.5mm)を目安として設定します。
下顎枝前縁の矢状骨切り
続いて、下顎枝内面の骨切り線前縁から、下顎枝の前面の矢状骨切りを行います。外側皮質骨と骨髄腔の境界付近を目指して2㎜のラウンドバーを用いて、外斜線のやや内側に直線的に溝を形成します。続いてこの溝に沿ってピエゾサージェリーにより骨切りを行います。
外側皮質骨の骨切り
外側の骨切り線は第2大臼歯の遠心付近から下顎角付近に至るラインをとります。これは下顎角の形態、下顎管の走行、遠位骨片の移動方向などの条件に応じて設定します。
リンデマンバーを用いると、切削面から皮質骨の厚みと骨髄腔の境界を目視しながら骨切りすることができます。この付近の下顎骨外面はさまざまな程度の曲面をなすので、そのカーブに応じてバーの角度を変え、適切に皮質骨だけに溝が入るように操作することが肝要です。
下顎枝の矢状分割
この時点で、骨切りされておらず骨が連続しているのは髄質部の下半分と下顎枝の後縁部であり、この部分をマイセルなど用いて分割します。まず矢状骨切りの上下をマイセルで槌打して、確実に分割されていることを確認しますが、槌打に際してはプロゲニーハーケンや扁平鉤による確実な保護が必要です。
次に、髄質部分の分割を行いますが、マイセルの先端は外側皮質骨の内面に接着するように操作して下歯槽神経血管束の損傷を避けます。最後は前方骨切り線の下方から広げていくと近遠心骨片は裂けるように分割していきます。
近位骨片の復位
分割後の近位骨片の復位は、顎関節の位置づけとして咬合を構成する上で非常に重要です。再現性を確実にするためにさまざまな近位骨片の復位法が応用されています。
一般には、近位骨片と上顎との距離計測、ミニプレートを応用した骨片位置の再現法などが用いられています。術前の咬合位が不安定な症例では、全身麻酔中の筋弛緩に対応するために、手術前に作成したバイトプレートにより術中に中心位を再現して計測するのが良い方法です。
骨固定法
骨切りして再現された骨片の固定法として、ワイヤー固定、ミニプレート固定、骨貫通スクリューなどが応用されてきましたが、近年はミニプレートが改良されて十分な固定力を有するようになり、ロッキングシステムを用いたチタンプレートで固定する方法が多用されています。ロッキングプレートの機構は、monocorticalであるにもかかわらず、bicorticalと同様の固定力が得られるのが特徴です。
またロッキングシステム特有の機構によりプレート直下の皮質骨への圧迫を生じないことから、プレートの初期変形のリスクの減少、皮質骨内の血流の維持による早期の治癒が期待できます。
近位骨片前縁部の削合と創の閉鎖
下顎後方移動術では近位骨片の前縁が第2臼歯と重なるため、骨バーなどを用いてこの部分を削去します。また左右非対称症例や骨格性交叉咬合などの手術では近遠位骨片が干渉を起こす部分は削去します。
切開創は筋層と粘膜に分けて吸収糸で二層に縫合し、血腫の排出のためペンローズドレーンを留置します。
術後は頬部から顎下部にかけて弾性包帯で圧迫して創腔の死腔や血腫を予防します。
顎間固定
手術中に咬合構成のために行った顎間固定は、手術終了時までには安全のため除去します。手術後の顎間固定に関してはさまざまな見解があります。骨固定法の発達により顎間固定期間は短縮される傾向にありますが、創の安静と咬合の安定のため、2~4週間はゴムを用いて固定するのが基本です。骨の治癒と下顎骨にかかる応力を考慮すれば、短期間であっても顎間固定や開口制限はおこなうべきでしょう。
咀嚼筋や周囲組織の応力によって、設定した咬合位から偏位することも多いので、状態に応じて顎間ゴムを用いています。食後などには開口練習を継続して筋の拘縮を予防し新しい咬合になれるように促します。
*下顎枝矢状分割法:Short split法
Epker(1977)、Wolford(1987)は、下顎枝外側面の咀嚼筋の剥離を最小限にとどめ、内側骨切りを下顎小舌後方部までにとどめるShort split法を提唱しました。下顎頭の偏位(Condyler Sag)や後戻りを防止する方法です。
Short split法:Epker法、Wolford法
Long split法:Obwegeser法、Dal Pont法
アメリカにおける下顎枝矢状分割法の術式は、ほとんどがshort lingual cut(short split法)であり、骨膜剥離を少なくして、術後の腫脹の軽減や出血量の抑制に努め、骨片分割時の偶発骨折を回避することでday surgeryへと移行しています。より患者様のQOLの高い短期入院ないし日帰りにつなげる手法としては有効な術式です。
内側皮質骨の水平骨切り
下顎枝矢状分割法における内側骨切りは、リンデマン・バーを用いて、下顎孔上部で行います。咬合平面に平行に骨皮質のみを骨切りしますが、short splitとlong splitと大きく異なる点は、骨切りを下顎孔を超えたところ(下神経溝後部)で終了し、後縁まで行わない点です。
それにより下顎後静脈の損傷確率は低くなり、下顎枝内側にプロゲニー・ハーケンを最後部まで挿入することによる、下歯槽神経血管束への圧迫による術後の知覚障害も少ないといえます。
Bell,Epker,Wolfordらは、咀嚼筋の付着部位と生体力学的な要素を考慮して、咬筋、内側翼突筋および側頭筋の主要部分を近位骨片の付着したshort split法を提唱し、近位骨片への血流を最大限に確保すると同時に、骨膜の剥離を少なくして腫脹と出血の軽減を図れるとしました。
下顎後退症ClassIIでは、特に近位骨片への筋組織を付着させることで、下顎頭の偏位を予防するのに有効です、また移動する遠位骨片の筋組織による後戻りを防止する利点もあります。